本文へ移動

ブログ

ブログ

RSS(別ウィンドウで開きます) 

あぁ今年ももうすぐ暮れます

2012-12-31
秋以降、完全に止まっていたこのブログ更新。。。
いったん止まるとほんっとに止まってしまうものですね、って僕だけか。

そしてやっと更新しているのは大晦日。
秋以降ほんっとに時間に追われてたもんで、と自分に言い訳しながらキーボードをたたいております。

そしてなんと目の前のプリンタは今頃年賀状をがんばって印刷してくれています。
日本人は紅白見てないといけない時間なのに、プリンタもほんとにごくろうさまです。
ちなみに只今の時刻は2012.12.31  PM8:20だっ!!  (・_・;)


一応これも弁解しときますが、例年はもっと年賀状書くのも早いんです。
今年は訳あって年末最後の約1週間を病院にて過ごしたもので。
この場で年賀状が遅れるお詫びをさせていただきます。

いま書いたとおり、ある手術のため入院していたわけですが、病室では煩雑なことからは完全に隔離され、後半の数日は(こんなこと書くと不謹慎だと怒られるかもしれませんが)たいへん居心地がよく、このまま正月をここで過ごしてもいいんじゃない?とまで考えておりました。
もちろんこんなこと考えてられるのだから病状のほどもご想像はつくかと思います。
同室におられた患者さんとお話させていただく時間もありましたが、やはり健康であることは何よりの宝なのだと、ありきたりの感想ながら静かな病室で心底感じました。

それとあわせてつくづく感じたのはお医者様の技術ってのはすごいものですね。涼しい顔で手術の説明やその後の治療をされていましたが、冷静に考えてみると医師という職業の方々はすげえことしてるなあ、と思わずにはいられません。
そして看護師の皆様方もどんな深夜に呼び出そうともたいへんにこにことしていて、あぁ、これも見習わなきゃいかんなぁ、と入院中ずっと感じておりました。

そんな皆様のおかげで今年も年賀状には追われていますが無事に年越しを迎えられることができそうです。
振り返ってみれば今年も世間ではあっと驚く出来事がいくつもありました。来年もきっとあるでしょう。
それでも医者の先生のように、看護師の皆様のように、涼しい顔で、にこやかにぶつかっていけるようにしたいなあと感じた年末でした。

では皆様よいお年をお迎えください。
今年一年ほんとにほんとにありがとうございました。

ドラえもん生誕100年前だそうです

2012-09-09
2012年9月3日はドラえもん生誕の100年前なんですって。
ということは2112年9月3日がドラえもんの誕生日ですか。

ちなみにもう過ぎてますが2003年4月7日は鉄腕アトムの誕生日です。
アトムについていえば、かつて原作者がマンガで設定した未来のこの時代にそこまでのロボット技術には至ってないですが、それでもホンダのアシモなんかをロボットだと知らずに見ていると中に人が入ってるのかと思うような繊細な動きです。

さすがに100年後にドラえもんの世界が現実にはならないかもしれないけど、ドラえもんの道具のなかのいくつかはもしかしたらあるかも。

僕はタイムマシンの実現をお願いしたいですね。
なんせ歴史が好きなもんで、過去に行ってその世界を見てこれたらおもしろいだろうなあ、としばしばそんなことを考えてます。
未来へのタイムスリップは光の速さを超えて移動すれば理論的にはありうるが、過去へのタイムスリップは難しいなんて記事を読んだことがありますが、どうなんでしょうか。

ま、未来にタイムマシンが開発されてたら、今のこの時代に未来からの訪問者があってもいいわけで、それがないってことは100年後のドラえもんの時代にもまだタイムマシンは実現していないということの証しなんでしょうかね。

スズメの雛

2012-08-31
お盆をすぎても一向に涼しくなる気配のない暑い日中、ある役所へ行って玄関口から出てくると、スズメの雛が地べたに落ちて(降りて?)いました。

雛ではあるが羽も生えそろっておりケガをしている様子もない。上を見上げるとおそらく親鳥と思われるスズメがいました。巣がどこにあるのかはわからない…。

むむむ、こりゃどうしたものか。もしも巣から落ちたのだとして、こんな暑い日にアスファルトの上にいたらすぐまいってしまうだろうなあ、と とりあえず少しずらして日に隠れるところに置きました。

なんか有益な情報はないかと、その場でipadでネットを調べてみると、巣から落ちたスズメを保護した際の対処法をむちゃくちゃ詳細に写真付きで解説しているHPがありました。ほんとにインターネットの世界にない情報などないんだなあ、と感心しつつページをみていくと、巣立ちの際のスズメは保護してはならんとのこと。

写真をみると目の前にいるスズメとよく似た育ち具合で、僕の眼前にいるこのスズメも触るとトコトコと少しあるきます。しかも巣立ちの際にはうまく飛べないからしばらく地上で生活するもんだとの記述もあり。

なるほど、こりゃ巣立つ練習しているのかな、と迷いながらもそう判断してその場を立ち去ったのですが、やはり気になり数時間後にまた寄ってみたら先ほどのもう雛は動かなくなっていました…。

あぁ、なんということ。保護すべきだったのか。
しかし正直に言えば、仮に自分が保護したとしても僕が育てられる保障も自信もなく(先のHPにも保護が奏功する率はかなり低いと書かれてあり)、保護したにもかかわらず自らの手で死なせてしまうことが怖かったという気持ちもあったというべきでしょう。

自然に生きる動物の宿命といえばそれまでですが、ほんの2,3時間前にあった命がこんなにあっさりついえてしまったことと、自分が逃げたような、見捨てたような気持ちでたいへん心苦しい一日でした。

67年目の原爆の日

2012-08-06
今日は原爆の日です。

今朝は広島の平和記念公園で記念式典がありました。
昨年に続いて松井広島市長が平和宣言を読み上げました。

松井市長は昨年に続いて今年も3名の被爆者の実体験からなる言葉を平和宣言に盛り込みました。
67年前の今日、日本は焦土となり広島では原子爆弾による火傷などで言いようのない苦しみの中におかれた国民が何万という数にのぼっていました。

そして被爆者の平均年齢は78歳を超えました。
広島市では今年、「被爆体験伝承者」養成事業というのを開始したそうです。
被爆者が高齢化していくなかで、被爆者に代わって被爆体験を証言できる人材を育成し、被爆者の体験を次代に語り継いでいくのが目的です。

これは原爆のみならず、戦争体験全般について、日本中で行っていくべき取り組みだと思います。
この国が過去に戦争に突入して国家の破滅に至ったこと、そしてそのときに払った莫大な犠牲、いまなお国内外に埋もれて祖国に帰還できない多数の遺骨・・・

前にも書いたかもしれないけれど、僕もふくめ戦争を知らない世代にとっては、戦争が引き起こす生の事実を聞くことがすごく重要で、こういったことで「戦争はいけない」という一般的な認識が「なぜいけないのか」というかたちで具体的に心に響くものとなります。

今年もまた8月になりました。ぜひとも原爆とともに戦争の過去が風化されぬよう皆で考えましょう。

 

今年は司法書士制度140年、そして8月3日は司法書士の日

2012-08-03

今年は司法書士制度の前身である「代書人」ができて140年です。

明治5年(1872年)8月3日、太政官無号達(達:「たっし」、時代劇でよくでてくる「おたっし」ってやつ)
において「司法職務定制」というものが定められ、そのなかで「代言人」「代書人」「証書人」というものが定められました。
それぞれ
「代言人」・・・いまの弁護士
「代書人」・・・いまの司法書士
「証書人」・・・いまの公証人
にあたります。

その後、明治19年に日本の法律1号として「登記法」ができ、以来司法書士は登記制度に深く関与してきました。
その間、大正8年に司法代書人法、昭和10年に司法書士法の制定、その後の幾度もの改正を経て現在の司法書士制度につながります。

司法書士の起源である代書人が定められた8月3日を司法書士の日として、今日は 司法書士無料相談会を各事務所で行っています。

どんな手続をすればいいかわからないときのみならず、そもそもどこに相談すればいいかわからないといった場合でも、とにかく聞いてみないと進みませんから、お気軽にご相談ください。

TOPへ戻る